著名人対談


vol.32

欧米の成功哲学を超える
「志教育」が持つ可能性

下村博文(自民党 幹事長代行 元文部科学大臣)
1954年、群馬県生まれ。早稲田大学教育学部を卒業し、東京都都議会議員を経て、1996年衆議院議員に初当選。現在、当選7回。2012年12月の第2次安倍内閣発足時より文部科学大臣を務め、その他に内閣官房副長官、文部科学大臣、教育再生担当大臣などを歴任。9歳の時、父の交通事故死により生活苦となり、高校・大学を奨学金で卒業。その経験から、遺児を支援する「あしなが育英会」の副会長を務めている。また、大学在学中に開校した学習塾「博文進学ゼミ」を生徒数2000名超の進学塾に成長させた実績を持つ。著書に『9歳で突然父を亡くし新聞配達少年から文科大臣に』(海竜社)、『下村博文の教育立国論』(河出書房新社)などがある。
下村博文氏 × 青木仁志 アチーブメントクラブニュース vol.147より

1954年、群馬県生まれ。早稲田大学教育学部を卒業し、東京都都議会議員を経て、1996年衆議院議員に初当選。現在、当選7回。2012年12月の第2次安倍内閣発足時より文部科学大臣を務め、その他に内閣官房副長官、文部科学大臣、教育再生担当大臣などを歴任。9歳の時、父の交通事故死により生活苦となり、高校・大学を奨学金で卒業。その経験から、遺児を支援する「あしなが育英会」の副会長を務めている。また、大学在学中に開校した学習塾「博文進学ゼミ」を生徒数2000名超の進学塾に成長させた実績を持つ。著書に『9歳で突然父を亡くし新聞配達少年から文科大臣に』(海竜社)、『下村博文の教育立国論』(河出書房新社)などがある。

下村博文 木俣本日はよろしくお願いします。実は青木さんと下村さんは30代の頃からの旧友だということですね。

下村ええ、そうですね。青年会議所でお会いして、もう30年ほど前になるでしょうか。

青木当時から、下村さんは、「自分は文部大臣になる」と公言されていらっしゃいましたが、見事有言実行されました。

木俣下村さん・青木さんともに、「目標の達成」というのはこれまでの大きなテーマだったと想像されるのですが、下村さんが「文部科学大臣になる」という志を立てられたのはいつ頃のことだったのでしょうか。生い立ちを含めて少しお話いただけますか。

下村私は、実は青木さんと同じように、人脈・金脈・家柄、全く何もないところからのスタートでした。というのも、9歳のときに、父が交通事故で他界しました。母が私を含めた3人の子どもを、女手一つで育ててくれたのです。極貧生活の中で幼少期を過ごしました。しかしそんな中で読み漁ったのが偉人たちの伝記でした。逆境に打ち勝ち、高い志で世のため人のために生きる姿に大きな感銘を受けました。
こうした自分の体験から、教育機会の平等化へと思いは膨らんでいったのです。このような思いを背景として、「政治家になって社会をよりよくしたい」と志したのは、10歳頃だったと思います。
政治家になるには早稲田だろうと、奨学金を活用し、早稲田大学に入学しました。学費と生活費を自分で工面する中で、数々のアルバイトを経験し、その中で、大学一年生のときから始めた家庭教師のアルバイトが教育への確信を深めた体験だったと思います。そして大学4年生のときに学習塾を立ち上げました。

木俣それが「博文進学ゼミ」ですね。子供たちの劇的な成績向上だけではなく、親を対象にした「親業」というセミナーを開催されたとか。

下村そうですね。特に伝えたのは、「目標設定」「計画立案」「積極思考」の重要性です。加えて、親が常に肯定的な影響力を発揮しながら、いかに内発的に子どものやる気を引き出すかをお伝えしていきました。評判がどんどん広がり、多いときでは生徒数は2千人にもなりました。
そして塾を始めて、5年ほどが経過した26歳の時。当時流行っていた、『欧米の成功哲学』に従って30年後の人生設計をしたのです。そのときに立てた目標が「56歳で文部大臣になる」というものでした。実現するためには当選が5回必要だから、40歳までに国会議員になる。そのために、31歳で地方政界に出馬する…と、逆算して段階的に目標を実現させていきました。

青木「目標設定」「計画立案」「積極思考」というのは、まさに『成功哲学』で伝えていることですし、それを体現なさってきたということですね。

木俣そして、58歳のときに公言されていた通りに、文部科学大臣になられたのですね。

下村政権交代があり、予定より2年遅れましたけどね。26歳で構築した当時の計画の9割以上は成就しています。

青木このたび、アチーブメント出版からナポレオン・ヒルの『成功哲学』を新訳で出版しました。私も、23歳のときにナポレオン・ヒルの『成功哲学』に出逢い、とにかくひたすら本書に書いてあることを実践し続けることで、トップセールス、トップマネジャーとなり、さらにその後のキャリアを形成してきました。無学で貧乏で、溶接工見習いからキャリアをスタートしてから、おかげさまで今では中小企業経営者教育に携わらせていただいています。
今でこそ、能力開発のプロを名乗れると思っていますが、こうした自己実現の土台にはナポレオン・ヒルの『成功哲学』があったことは間違いありません。

下村大切なことは単に頭の中で、漠然と思い描くだけではなく、紙に書き出してビジュアル化することです。

青木潜在意識に強く刻むということですね。私も、朝6回、夜6回、自らを鼓舞する暗示の言葉を使い続けました。これも、下村さんが塾で教えられていた「目標設定」「計画立案」「積極思考」と相通じるところがありますね。

木俣お二人とも、貧しい生い立ち、まさにゼロからのスタートから、その生き方を通して、欧米の成功哲学を実証されてきたと言えるかもしれませんね。

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