青木仁志の社長日誌青木仁志の社長日誌

米国研修を終えて「究極のテーマ」を考えてみた

2008年06月6日

「愛」について考えてみた
人生の究極の目的とは何か?という答えを探し求め、日々生きている。
頭でわかる答のことではない。
頭や理屈では分かっている。
究極は「世のため人のために生きて、人間として人々を幸せに導ける真の人格者を目指すこと」だと思うし、「神を愛し、隣人を自分と同じように愛する生き方を追求すること」という答えも自分なりに持っている。
しかしこれが難しい。
聖書のコリント人への手紙に「山を動かすほどの完全な信仰をもっていても、愛がないなら、何の値打もありません。又、たとい私が持っているものの全部を貧しい人たちに分け与え、また私の体を焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。愛は寛容であり、愛は親切です。また、人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることはありません」と書かれてある。
深いテーマである。
仏教的には「慈悲」の心ということであろうか?
結局、何事をするにも動機や目的が存在するが、その動機や目的が自己中心的なものであれば、その善なる行為も愛から出たものではないということであろうか?
難しい。
愛は行為や行動がなければ、単なる概念ではないかと思ってしまう。
愛を口に出すことは簡単だし、愛を人生の目的において生きることもできる。
しかし?
この行為は愛から来ているのか?
深く考えることがある。
私の人生理念は「愛」、「誠実」、「感謝」であるがこの三信条を日々実践することは並大抵ではない。
基準を下げれば簡単だが、基準を高くすると難しくなる。
特にこの「愛」については生涯のテーマである。
ただ、今の自分にできることは、自分がその時点で良いと思うことを実践することしかできない。
正しいと考えていることを、実践することである。
”言葉を生きること”は決して簡単ではないが、そこに向かって真剣に生きていくことしかできない。
この世の中に、いろいろな慈善団体があるが、慈善行為は愛の行為と考えていたが、聖書によると大金持ちが、人に認められる目的のために寄付しても、それは愛から出た行為ではないということか?
皆さんもご存じの、時代劇の大泥棒「鼠小僧 次郎吉」が大金持ちの悪徳商人、「越後屋」から金を盗み、貧しい人に分け与えるシーンがあるがこれは愛なのか?
ある雑誌の記事に、余命幾許もない90代の老人が、風俗に足を運び、ことをなすことはできなくなっているその老人に対して、風俗嬢が精一杯尽くし、その老人は至福感で亡くなっていったと書いてあり、その行為を誰が責められるのかと書いてあったが、その風俗嬢の行為は愛なのか?
実の親も子を捨てる時代、育児放棄や幼児虐待によって、年間何人もの幼子が命を絶たれている。
悲しい事実だ。
先日、「ねむの木学園」の園長である、宮城まり子さんに私の主催する日本プロスピーカー協会の年次大会でご講演いただいたが、40年以上も80歳を超える現在まで、80人以上の肢体障害児の力になり生きてこられた。
この姿は愛そのものである。
宮城まりこさんは、妻子ある作家、故吉行淳之介氏と愛し合い、愛に生きた人だ。
今でも、その愛に生きているという。
愛とは何か?
深いテーマである。
肢体障害児の子どもたちから見た、かけがえのないお母さんの存在である宮城まり子さんは、先方のご家族から見ればどのような存在として見られているのだろう。
肢体に障害のある子どもたちにとって、宮城まり子さんは実の母よりも偉大な母であり、存在はマザーテレサと同じ愛の人だと思う。
先日、施設にお伺いして本物の愛を感じた。
深いテーマである。
人間は皆、自己中心的な存在である。
私も、もちろん自己中心的な弱い存在である。
義人はいない、一人もいないと聖書に書かれているが、その通りだと思う。
この世は皆、罪人である。
謙虚に頭を垂れて、この宇宙の設計者である偉大な存在に頭を垂れてひれ伏し、今日を精一杯生きることしか自分にはできない。
批判、責める、文句をいう、ガミガミ言う、脅す、罰する、コントロールするために目先の褒美で釣る。
このような行為は、間違った心理学から来ていると、弊社の最高顧問ウィリアム・グラッサー博士は言う。
この世の不幸の大半は、自分が重要と考えている人との不満足な人間関係に起因していると、グラッサーはいう。
間違った心理学を外的コントロール心理学というが、この心理学を互いの人間関係に使うと、人間関係に葛藤が生まれ関係が破壊される。
私は選択理論をこの社会に広めたい。
そのことで、社会を愛に満たされた社会にしたい。
選択理論を世に広めることは、私にとって私の人生の目的と一致している行為である。
人生の幕を閉じるときに、すべての答えがわかるのかもしれない。
今日も自分が解釈し、信じる「愛」の枠組みを本気で生きていこう。
人の評価や周りの人の対応に焦点を合わせることを止め、自分が今日出来ることに焦点を合わせ、良いと思うことを実行すること以外に出来ることはない。
私は失礼ながら、どんな立派な教会の牧師でも罪人と思っている。
カトリックの神父さんも罪人、仏教の高僧も神社の神主さんも信者も、すべてどんな人も、罪人であると思っている。
もちろん、どんな大会社の社長も罪人だ。
人は、皆、自分を神のように崇められたいと思う自己中心性を持っている。
著名人にも不幸な人は山ほどいる。
大金持ちで孤独な人生を生きている人も沢山いる。
普通の生活を送っている人で、「愛」を人生の中心に置き、幸福な人生を全うする人は沢山いる。
今の世の中、崩れる人間は、自己中心性から来ていると思う、すべて脱線である。
謙虚に生きること。
日々、謙虚に目的を見失わずに精一杯生きること。
とにかく謙虚に罪人を意識し、周りの人々に感謝しつつ、誠実に真心をもって生きていけば良い人生を全うできる。
私は人材研修の仕事を長年やってきたが、「言っていることとやっていることを合わせること」が究極の能力開発だと考えている。
これが簡単だったら私の仕事はいらなくなる。
医者も多くの人の生活習慣病を良くしてあげているようなもので本来病気にならない生き方がある。
しかしそれを実行することは難しい。
弁護士も同じで、人間はお互いにお互いの立場に立ち、話し合いで解決できるはずだが、自己中心的な主張を互いにするのでお互いの弁護人が必要になる。
結局は法の枠組みの中で正しさが決定される。
いずれにしても私の仕事は人材研修会社の経営者でありトレーナーであり、コンサルタントである。
この仕事を選んだ以上この仕事に生きていく。
言っていることとやっていることを一つにする。
「言行一致」「知行合一」「有言実行」
難しいテーマだが追求するに値するテーマである。
自分の人生の基となる土台に理念設定してそれを日々追求すること。
「愛」を口に出すことは簡単だが「愛」を実践して生きることは難しい。
「愛」について考えてみた。
皆さんの一日が良い一日であることを願っています。

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青木仁志 Profile
アチーブメント株式会社
代表取締役社長
アチーブメントグループ
代表
青木 仁志(あおき・さとし)
北海道函館市生まれ。1987年、選択理論心理学を基礎理論とした人材教育コンサルティング会社「アチーブメント株式会社」を設立、代表取締役社長に就任。創業スタッフ5名でスタートした会社は、グループ子会社6社を含めて、現在では140名体制へ。
著書は51冊、35万名以上に研修を行ってきた人材教育のプロである。専門分野は人材開発、キャリア開発、組織開発、営業力強化、選択理論心理学など。その活動の幅を広げている。
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