出逢う人皆、師である

080718_01.jpg「よっぽどの縁があってのあなたと私」薬師寺の住職のお言葉だそうだ。

今朝、宿泊先のホテルからタクシーに乗ったが、後部座席にかけてあった
言葉である。

もしかして以前、御自身で御商売でもしていたのでは?という問いに対して

「はい、電気工事の会社を経営していました。
しかしバブルの後いろいろありまして・・・・」

「そうですか、できれば経営の失敗原因を教えてくださいますか?」

「いろいろありますが、一言でいえば調子に乗っていたということでしょうか、
もっと先を読んでいればこうはならなかったと思います」

「たとえばどのようなことがあったのですか?」

「まず、無駄遣いが多かったと思います。金が回っていたのでどんどん入る錯覚をしていました。
不動産の友人などにちょっと紹介しただけで多額の口銭が入ったり、油断して賭けごとに走ったり、
無駄な付き合いに時間を取られたりしていて、真面目に電気工事の仕事をするのがだんだん馬鹿らしくなってきて、
外車に乗ったり、別荘を買ったり、とにかく無駄なことばかりに金も時間もとられて、平成6年からタクシーに乗るしか
なくなりました。」

「人生にはいろいろなことがありますね」

「3年前にようやく借金がなくなり個人タクシーの免許も取れたので、今56歳ですが、これからようやく今の女房に
楽をさせられると思って頑張っています」

「今朝はいい話が聴けました。ありがとう。お仕事頑張ってください」

「お客さんのような人に乗ってもらって有難いと思います、お客さんもお仕事頑張ってください」

「ありがとうございます」

という会話だったが、人生にはいろいろな出来事があるが、全てはその時、最善の選択である。

人間は反省も大切だが、今を楽しく生きて、これまでの経験を活かして、より良く生きていくことが、最も大切なことだと思う。
弊社最高顧問のグラッサー博士は「人は確かに過去の産物だが、自らが選択しない限り、決して過去の犠牲者にならない」と言っている。

前向きに生きている運転手さんに大きな学びをいただいた。
感謝、感謝である。

良い勉強になった。

今日は、大阪の新・「頂点への道」、最終日である。

最善のメッセージをしていこう。

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